つまり、今この瞬間に日本中のどこかで2件から3件の何かしたらの犯罪が行なわれている、という計算になります。この中には交通事故による業務上過失致死傷罪は含まれていないため、そうした事故も含めるともっと多いに違いありません。
けれども、日本における刑法犯の件数はここ9年間減少の一途を辿っており、戦後最大の件数を記録していた平成14年に比べると48.1%も減少しています。日本は世界に比べると治安が良く、安心安全だと言われています。普段の生活において事故や犯罪を意識するほど起きていないという意味では、件数自体の数字はともかく、日本は平和な国だと言えるのかもしれません。
一度、犯罪に手を染めると負のスパイラルから抜けられない
実際に事故や事件に遭遇した人、被害にあった人にしてみれば、犯罪は大きな問題です。少しでも犯罪や事故の無い平和な地域、平和な社会を望むことに対して異論はありません。犯罪の少ない社会にし、誰もが安心して住める仕組みづくりは、政治や行政のみならず、民間の人たちとも協働すべきものです。
刑法犯の件数自体は減少しているのですが、実は再犯率は年々上昇しています。一般の刑法犯による検挙者のうち、再犯者が占める割合は97年以降上昇傾向にあり、「2012年版犯罪白書」では一般刑法犯の再犯率は43.8%と過去最悪を記録。その原因として、刑務所の出所後の不安定な生活基盤などが挙げられます。
服役出所後5年以内に刑務所に戻る率は初犯者で24.4%、入所歴が3回以上となると59.6%にまで跳ね上がります。入所回数が多いほど累積再入率は高く、特に入所回数が1回の人と2回の人との差が顕著に開いており、ほぼ半数以上もの人が5年以内に再入所し、入所と犯罪とを繰り返す負のスパイラルが起きているとしています。
つまり、一度犯罪を行った者が再チャレンジする機会が社会の中に組み込まれておらず、入所すればするほど更生の困難さを物語っていると言えます。一度刑務所に入った人は、その経歴から就職が難しく社会への居場所を作ることができず、また以前と同じような犯罪に手を染めなければならないという状況を、社会の側が作っているという意味においては、彼らは社会の中の被害者とも言えます。
今は犯罪者でなくても、いつ何が起きて犯罪者になるとも限らない世の中です。それはまさに、ぎりぎりの綱渡りをし、一度綱から落ちた人間はコンティニューが一切できない、かなりの無理ゲーな社会の仕組みと言えるでしょう。再犯率が高いということは、一度入ったら抜け出せない蟻地獄な場所を社会が作っているのです。
民間発で、入所者の受入実施を取り組む職親プロジェクト
政府も、犯罪対策閣僚会議を受けて、昨年から「再犯防止に向けた総合対策」を実施。「再犯防止対策ワーキングチーム」を結成するなどし、出所2年以内の再入率を10年間で20%以上減少させる目標を設定するなどしていますが、その実現に対してあまり具体策は見えていません。
そうした状況の中、政治行政に頼るのではなく民間から変えていこうという動きが次第に起き始めています。日本財団が推し進めている「職親(しょくしん)プロジェクト」は、関西地域に拠点を置く企業7社の協力を得て、少年院出院者や刑務所出所者の再犯防止を目指して活動を始めたプロジェクトです。このプロジェクトは、企業の社会貢献活動と連携し、元受刑者に就労機会を提供してスムーズな社会復帰を支援し、再犯率低下の実現を目指す取り組みです。すでに関西の企業では進められており、今回は関東地域での展開を視野に、企業の方々を対象した「職親プロジェクト」東京説明会が6月24日に行なわれました。
プロジェクトは、3月28日に始めて大阪でスタート。お好み焼きで有名な「千房」代表取締役の中川政嗣氏を筆頭に、串かつ「だるま」一門会代表取締役会長の上山勝也氏、焼肉「牛心」代表取締役社長の伊藤勝也氏、和食専門店「信濃路」代表取締役社長の西平都紀子氏、建築会社「カンサイ建装工業」代表取締役社長の草刈健太郎氏、割烹「湯木」のプラス思考代表取締役の湯木尚二氏、美容室「プログレッシブ」代表取締役黒川洋司氏、藤岡工務店代表取締役の藤岡義和氏ら8社が「職親」企業として、現在は名前を連ねています。
企業は、出所者がまだ刑務所の中にいる時に面接を行ないます。その後、面接を経て選ばれた対象者は6ヶ月以内の就労体験を行います。企業は正規雇用をできるように指導し、入所者の出所後の道を作る支援を実施していきます。
採用決定後は学習支援や更生保護施設の決定をし、対象者は先輩社員と共同生活を送り少しづつ社会への適応を図っていきます。こうした活動に対して、日本財団は法務省関係者などと連携してプロジェクト全体の推進を管理。受け入れを実施している企業に対して対象者の自立支援を促すための支援金を提供するなど、官民連携となって再犯率の減少や住みやすい社会、再チャレンジの土壌を作る仕組みづくりとして、5年間で約100名の受け入れを目標に取り組んでいきます。
もちろん、職親プロジェクトは誰もが求人ができるわけではありません。対象となる出所者は初犯者を限定としています。おそらくは、初犯と2犯の再犯率の数値の開きから、初犯者の再犯率を下げることが一番効率の高い施策だと考えた結果なのだと考えられます。また殺人や薬物、性犯罪などの重大犯も職親からは除外されます。年齢制限は設けてはいませんが、若者へのチャレンジと機会を創出するという意味で10代から20代を中心とした出所者を重視していくと考えられます。若者への成長の可能性と、出所後数十年を懸案した結果、若い人への機会提供を行うことの意味は大きく、若くして職がなく、行くあてのない人がその後に誤った道を歩むのを見るのは避けたいものです。
過去は変えられないが、未来は変えられる
「再犯防止は、国だけではなく民間もアプローチしていくべき。たまたま入所することになっただけの同じ人間を、入所したということだけで私たちが差別するような社会があっていいのだろうか。この問題は、再チャレンジができる柔軟な社会の仕組みづくりに向けた取り組みなのです」。
日本財団の笹川会長は挨拶でこう述べました。現在は、自分の過去の素性もオープンになっていく時代で、ちょっとしたことでもすぐに明らかになります。よく小説などで描かれてきたように、自分の経歴を詐称してでもなんとか職にありつけることがかつてはできたかもしれませんが、いつ素性がバレるかも分からないという恐怖に怯えながら生活を送らなければいけないという方法はあまりに持続可能性がなく、また方法論として稚拙なものでしかありません。
過去の素性を明るみにしても大丈夫な社会にするために、職親プロジェクトでは入所者の素性のみならず、入所者を企業が受け入れているという姿勢を見せていることこそ、1つの大きな取り組みだと考えられます。物事をオープンにし、それを受け入れることができる多様な社会のためにも、こうした取り組みを始めることで、少しづづ変わっていくことでしょう。
社会全体としての受け皿があるというセーフティーネットが明確化されているかどうかで、人間の安住さの違いがでてきます。政府が実施している「再犯防止に向けた総合対策」でも、「出番」と「居場所」という2つがキーワードになっています。「出番」は社会における職業などの社会参画の場であり、「居場所」は生活環境やコミュニティなど、人のつながりを作り上げる場です。
マズローの欲求5段階説でも、生理的欲求、安全の欲求である衣食住を確保し、そして所属と愛の欲求であるコミュニティ意識、職場など自身の社会における出番を作り上げる承認欲求、そして技術やコミュニティにおける居場所を確保することから自己実現の欲求を満たすことができます。人間が人間として存在し、社会の中で生きる環境を作るためには、こうした取り組みの必要性を強く感じます。「職親」という名称の通り、職場提供もそうだが、生活面での支援における更生を機会を提供し、親代わりとしてきちんと居場所を作ってあげることに意味があります。
「人は過去は変えられないけど未来は変えられる」。
千房の中川氏が語ったこの言葉は、人間の未来に対する可能性を示唆すると同時に、どんな人間であっても、未来への可能性を信じることの重要性を説いています。人間は変わることができる動物であり、未来は自身の努力によって無限に広がるものだということを改めて感じさせました。
職親プロジェクトに対するソーシャルデザイン
今後は、大阪のみならず東京でも「職親」を実施してくれる企業を募集するとのことで、実際に説明会に参加していた多くの企業関係者からも実施を検討する声が多数あがり、質疑応答や今後の活動についての熱い議論がなされました。
しかし、この職親プロジェクトはやはりニッチな活動と言わざるをえません。どんなに社会にとって重要な取り組みであっても、その重要性を社会全体に対して訴えかけることも大事です。理屈ではたしかに分かっていても、飲食店などで「元入所者です」と言われても普段通りに接することができるお客さんや他の従業員は多くはない。まだまだ、社会全体としての理解は不十分であり、そうした理解を広めることが、このプロジェクトの重要なポイントであると感じるのですが、そこに対してはあまり説明がなされませんでした。
たしかに、企業の社会貢献としての意義は大きい。しかし、企業は経営者一人のものでもありません。株主や提携先、従業員、顧客など多くのステークホルダーとの関係を作りながら事業を進めていくものです。そうした関係者の理解を得るためには、そもそもとしての入所者という存在、刑務所という存在、そして、社会全体としての再チャレンジの仕組みづくりの重要性を訴える活動が必要となります。
今回の職親プロジェクトは企業という現場レベルでの取り組みですが、ニュースや報道など社会問題としての認知を図るためには、また違ったアプローチが必要となるでしょう。それこそ、コミュニケーションデザインの観点やソーシャルデザインの観点から、こうした問題を可視化し、問題解決を図ることに対する意識と理解、そして重要性を高める運動が必要です。デザインなくして実践だけを行なっても、長期的なスパンを考えると達成すべき目的到達は難しいものがあります。受け入れ先企業の拡大を目指すのであれば、着実性と同時に、賛同を呼びかけるのに必要なポップさも取り入れていくべきでしょう。難しい問題だからこそ、一般の人達にも理解されるような伝え方を考えるべきなのではないでしょうか。
もちろん、こうした動きを民間主導で実施することの意義は大きく、個人としても応援をしていきたいプロジェクトの1つです。誰もが犯罪者になる可能性をはらんでおり、誰もが当事者になりうる可能性を持つ問題だからこそ、そうした可能性を考慮した社会設計を行うべきだと考えます。入所者も私たちと同じ人間であり、それまで向こう側のことだと思っていた問題が、もしかしたら、明日自分や家族が向こう側になる可能性だってありえます。だからこそ、向こう側とこちら側という線引をするのではなく、ともに同じ社会に生きる者として、どう受け止め、どう共存していくのかを考えることが求められているのです。
(取材協力:日本財団)
*本記事は、BLOGOSが企画する「ブロガーが見るソーシャルイノベーションのいま」からの転載です。
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