2015/07/25

東京都現代美術館、「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展へ


7月25日、午前中に東京都現代美術館へ。7月18日から始まった「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展を見に行く。

展示では、ヨーガンレールの浜辺のゴミで作ったランプなど、人類が作り上げたものを通じてわたしたちの生活そのものをあり方を映し出す鏡のようなものだった。

岡崎乾二郎さんの「美術館はだれのもの?」は、美術の見方を通じて大人としての感性のあり方をある種の批評性をもたせた空間だった。

アルフレド&イザベルの展示は、家族や家といった居場所に対して自由な発想と想像力で考えさせるものだった。特に、子供たちに対するワークショップもいい。

会田一家は、空間と展示全体で個人としての可能性と社会との関係を考えさせるものだった。

特に、問題にもなってる檄文や日本の総理大臣と名乗る男の映像は、拙い英語で痛切に社会を批判しつつも、最後に話す日本語での言葉こそ、会田氏が表現したい一言だったのでは、と思う。グローバルや他者との競争ではなく自己を見つめ直そうと語るその内容は、いまという時代だからこそ考えさせられるものだ。全体としての作品の批評性は面白く、展示を見ずに問題だと映像を批評なり指摘をすべきものではない。

もっと言えば、アートという自由な想像性や社会への批評性をなくすことはあってはならない。それこそ、世の中のそれ自体が答えがないものであり、批判や対立があってこと社会の構造であって、なにかひとつの答え以外は排除される世界ほどつまらないものはない。

対立や矛盾を孕むその姿に対してきちんと向き合うことこそが求められる。

あと、個人的は企画展の「ここはだれの場所?」だけでなく、常設展の「戦後美術のクローズアップ」も展示内容のキレの良さと東京都現代美術館の収蔵されている作品の良さを感じさせるものだった。

とりあえず、まずはアートは自分の目で見て、感じて、自分の中で解釈なりを導き出すことが重要であり、人がどう言ったとかどう思ったとかではなく、内なる自分に素直になり、考えることが必要だ。





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